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見上げてごらん

死兆星備忘録

夜会フルボッコ

私事
嫁の一家は普通じゃない。
とんでもなく異質でもないのだけど。

今夜はその集団とガチンコ語り合ってフルボッコにされた。
しかし収穫は大きい。

嫁といつもすれ違って、なんで話がそうなるんだ、理解して貰えないんだと苦悩するのだが、その原因が分かった。
解決方法はこれから模索するが、俺が変わるしかない。

これは、相手に求めてもほぼ絶対的に叶わないことだからだ。

俺の物事の判断基準は、『普通の人はこうする』ということだ。それは俗に言う『一般的』とか『常識』とか、『マナー』であったりする。
俺はそれが日本の大多数の人がそうしているものだと思っている。たぶん、現実は、事実的には、間違いではないはずだ。

でも彼女らはそうではない。
俺の中ではそうではない彼女らのその判断基準や思考を『普通じゃない』と言ってしまう。
でも彼女らにとってはそれが当たり前でそれが普通で、息をするように心臓が鼓動を打つようにそれしか存在しないのだ。

それを『普通じゃない』と線引きされて区別するのは非礼で認めがたく、神経を逆撫でし、そして落胆させるものらしい。

彼女らとしては、自分の意見を持たない者とは話す価値も無いということだ。矛盾した思考を持つものは落胆させ理解する価値の無い存在らしい。はっきりと言われたわけでは無いが、そう読み取れた。

例えば、俺は戦争には反対だ。そして彼女らも反対だ。その上で、彼女らは戦争で死んだ人は皆不幸だと言う。俺はそれは後世の世だからそう言えるのであって、その当時に国の言うことを盲目的に信じて御国の為に散った人達は、国が間違ってると気付きながらも死んで行ったり殺されたりした人と違って幸せだったのではないか、という話をした。

それが誰かに導かれて築かれた志であったとしても、志の中で死んだ者と、志に反して死んだ者ではやはり幸不幸はあると思っての私の意見だったが、彼女らにとってはそれは理解できないものらしい。

間違っていることの中で死ぬ事は、本人の志に関係なく不幸なことらしい。そしてそもそも自分の意思を、自分の理想を持てない人間は、不幸であり、理解に値しない存在だと言うことなのだ。

だから、俺が戦争には反対であるのに、その戦争という事実の中でも散った人間によっては幸せとも言えるというのは、思想が矛盾していて話にならないのだと。

俺からすると、矛盾を抱えて生きているのが普通の人で、それが理解に値しないと言うのが理解し難くもあるのだが。

しかし友人や同僚にもそういう人間が数人思い当たることが脳裏をよぎった。俺の思考、思想を会話の中で観察し、矛盾がある人間、つまり多数の意見に左右される精神の持ち主であると解ると、蔑みの一暼の元に距離を置くのである。

今まではなんとなくの違和感と拒絶感を感じていたが、ようやくその意味が理解できた。

人生の中でそれらを理解するヒントは散りばめられていたが、理解できていなかったのだ。それが合点がいった今夜である。

私が話す内容は、結果が薄くそれに対しての理屈だけが異様に多いのだとか。あれこれ根拠を示したりそこへ辿り着く経緯を話す割には、結論にオリジナリティが感じられず、驚きや納得よりも落胆と期待外れへの不満を感じることが殆どなのだと。

これは脅威である。
私の見えている世界が本当はそうでない可能性が示されたのだ。
怖い。

私は自分の説明や言葉が、人に理解され易く構成できているとばかり思っていたのだが、その自信は彼女らと身内になってから尽く打ち砕かれた。彼女らと話すといつも互いに理解出来ずに不思議な平行線の感覚を覚えるからだ。

それは彼女らの発言に対してもそうである。
同じ物事について話しているのに、互いに別の場所にいるのだ。それも単純な二次元の話ではなく、もっと立体的な、三次元か四次元のレベルで。

俺が説明力が自分にはあるのだと錯覚していたそれは、『普通』側の人間に対して行ってきたからなのか、周りが気を遣って『理解した振り』をしてくれていたのかは分からない。(と言われた)

確かにそうだ。
実は解ってもらえていた気になっていたのは俺だけなのかもしれない。裸の王様だ。可能性の話ではあるが、今まで考えもしなかった。アホなのは、賢くはないのは間違いない。

かと言って彼女らは結果を全く持って重視しない。例えばとある企業でトップの座に上り詰めた人間に対しても、それだけで普通の人間ではなく凄い人であるという私の意見は通じない。何も本人が凄いわけではないと言うのだ。言わんとすることは分かるが、素質なく将の将たることは出来ないということは解ってもらえなかった。

解らないというか、真実はそうではないということらしい。確かに複数の要因が複雑に幸運なタイミングもあっての結果だということは分かるが…

ふと今書いてて思ったのは、あちら側の人間にはそういう人が他にもいる。資質あっての結果ではない、と主張する人が思い当たる。彼も私の言う『普通じゃない』側の人だ。

彼らが重視するのは『思想』や『思考』であり、『自らが生み出した志』であり、『個人としての理想像』なのだ。だからこそ彼らが求めているのは『矛盾無き人物』であり、『他の思想に左右されない信念と思想と判断基準を持った』生き方をする人間なのだ。今の俺などお呼びでない訳だ。

書いててよく分かるが彼らの言う『詰まらない人間』なのだな私は。

これではカリスマ性も何もあったものではない。個性そのものを失っている。確かにこのままではマズい。

ネットや新聞ではなく本を読めと言われた。確かにその通りだ。そうかも知れない。ネットや新聞というのは、他人の意見や世論を知るためのものではなく、事実や出来事を知るためのものらしい。そうなのか、知らなかったが言うこともよく解る。

本を読むことで自分の中の自分が目を覚まし、自分が何をしたいのか、お前という自我は、お前は何者なのか、お前はどう考え、何を思い、どう判断するのかに個性と確固たる矛盾無き人格が宿るのだと。

もちろんただ読めば良いというわけではないのだけども。

はてなもそうだが、言われてみればネットもテレビも情報の得方というのは人の意見を、世論を、常識を得るために見ている。そうではないのだな。一概には言えないのも分かるが、でも確かにそうかもしれない。

社会からはみ出さないように、人に迷惑を掛けるなと育ってきた。思えば幼い頃は習い事や学校でも異端児扱いされていた。殆どが悪い意味でだが、それでも確かにあの頃は私も『普通じゃない』側だった。そしてあの頃の少年だった私は本をよく読み、自分なりの解釈で、自分の思想に取り込み、自分なりの理想像を持っていた。子供の社会からははみ出し、爪弾きされていた。悪く言えば友達も居らずイジメにあっていた。

しかし社会の風潮に迎合するようになってからはそれも少なくなり、いつしか人並みの付き合いが出来るようになっていた。それで良いと思っていたし、たまに突拍子もなく衝動的にする行動や言動から起こるトラブルも、徐々に少なくなって、波風立たぬ平和で過ごしやすい毎日が送れるようになって来ているのだ。

それの何が悪い?決して悪くない。
でも俺の中の何かがウズいている。幼少の頃に被せた鉄仮面の所為で、今更すぐにはどうすることも出来ない中で、どうにかしたい、変わりたい、どうすれば良いのだ、いや解っているだろと語りかけてくる。

この仮面をどうにかして外せば、俺もまた『普通じゃない』人間になれるのか。
もしそうなったとして、それは敵多く、友少なく、孤独でトラブル多いあの頃にきっと戻るのだ。きっと俺の素質は『良い』『普通じゃない』ではない。彼女らとは違うような気もする。脱がない方が良い、外さない方が良い、そう囁きかけてくる鉄仮面姿の俺がいる。

でも俺はきっと選ぶだろう。
仮面を脱ぎ、嫌われようとも自分の矛盾無き信念を手に入れることを。
それが例え『悪い』『普通じゃない』だとしても。

理論的、形から入ることはたぶん関係ない。
そのやり方でいい。
だからこそ、そう成る為には次に何をするべきかもう分かっているだろう?

お前は。
手に入れるのだ。遅くはない。
与えられたのだ。天啓を。

活かすも殺すもお前の決意次第だ。
分岐ポイントだ。
直進するのか、舵を切るのか。

俺は信じている。
お前はやるべき事をやる奴だ。

『気付いたならば、やらねば罪となる』

そうあの人が教えてくれただろ。

ほらもう世界は変わった。
お前は決めている。

あとは、やる事も。

少し恥ずかしいことがある。
俺は『普通』なことも『普通じゃない』ことも、どちらも解っている、解るつもりでいた。
でもそうじゃなかった。

想像力を失っていたことは自覚しているが、もっと根本的に、破滅的に解っていなかった。

これは恥ずべき点であり、如何なる手段を用いても、手に入れなければならない星の輝きの一つである。

解るようになることではなく、理解して貰う価値のある人間になることを、である。

あぁ、なるほど、坂本龍馬聖徳太子千利休劉邦項羽韓信孔子武田信玄、信長、水戸光圀、家康、東郷平八郎山本五十六維新の志士たち、時代を切り開いてきた者たち、次の世界へ踏み込んでいった過去の偉人たちへのあの感覚はそれか。

もちろん俺は彼らとは程遠いちっぽけな何のさざ波すら立て得ぬ存在である。
ただ自分のあの感覚をまたひとつ理解できたというだけだ。

これは今日のフルボッコパーティーの後に、自己の思考のまとめとして記したものであり、いつでもここへ戻れるためのマーキングポイントである。

読んでくれた人がいるのかも何を思うかも解らないけども、とにかく僕の今日はこんな特別な日でした。

明日は僕が私か俺なのか。

なるほど、あいつら計り知れない。
俺の器のちっぽけさよ。

ワクワクするな。
ドキドキもする。
そして震えるほど怖い。